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各番号の名称と簡単な解説は図の下にございます。詳しい説明や写真は『境内(獅子・塚など)ご案内)』のページをご覧ください。
   

 
 

(1)社殿(御本社)
現在の社殿は昭和12年に出来たもので唯一神明造で建られており、国産の檜が使用され、戦前では東日本で最後に造営された御社殿です。

(2)獅子頭一対(中央区文化財)
御社殿の大床に御祭神をお守りするかたちに納められています。
木造・金梨地塗りで、嘉永元年(1848年)3月南本郷町の島屋藤次郎が発起人となり製作。昭和2年に世話人により、もと南小田原町一丁目の獅子の付属品であった眼球と獅子毛と共に奉納。

(3)鉄製天水鉢(中央区文化財)
尾張の廻船業者・春入(つきいれ:注文に応じて米や餅をつく職人)業者、尾張屋弥八なり人物が世話人になり尾張徳川家蔵屋敷に出入りした小揚連中が天保9年(1838年)に奉納したもので、深川の鉢物師大田正次の鋳造と記されています。

(4)神社大神輿
『現存する江戸神輿の最高峰で錺神輿(かざりみこし)として二度と出来ない重要文化財級の最高傑作』(江戸神輿春秋・林順信著)
昭和3年神田宮惣・作 
台座幅四尺一寸五分の千貫神輿は平成2年5月に御鎮座330年記念事業で全面修繕が成りました。

(5)魚がし碑
高さ2mの自然石の碑です。裏に大正14年4月吉日と彫られており魚がしが現在地に移転してきた時の奉納碑で、当神社も関東大震災で焼失しており仮社殿の御造営に御奉賛頂いた折に建てられたものと思われます

(6)弁財天 魚がし碑
高さ約1mの自然石の碑です。裏に昭和4年11月吉日と彫られており、御本社の御祭神に縁の深い弁財天の社殿として現在の末社をご奉納頂いた時の奉納碑です。

(7)手水鉢 (8)賽銭箱
手水鉢は昭和12年4月吉日、賽銭箱は昭和12年5月吉日と共に現在の社殿が竣工するのに合わせて夫々世話人の下で有志の仲買の方々よりご奉納頂いており、同様に屋号を知る資料として貴重なものといえます。

(9)獅子殿
江戸時代、厄除け・災難除けの象徴として多くの参拝者を集め又当神社祭礼「つきじ獅子祭」の名称の元をもなした「厄除天井大獅子」は江戸末期に焼失以来その復興を待たれておりましたが、平成2年に当神社の御鎮座330年を記念し樹齢約三千年の黒檜(ねず)の原木を用いて 高さ2.4m 幅3.3m 重さ1t 名実共に日本一の厄除天井大獅子として、加賀鶴来の現代の名工・知田清雲氏とその工房の手により再興され神楽殿を基礎より全面改築された獅子殿に納められました。

(10)おきつね様
いつの頃からか おきつね様 とお参りの方々に呼ばれ親しまれております祠で由緒は定かではありません。途絶えることなくどなたかが狐のお像と赤い前掛けを取替えて下さいます。今後もそっとこのままでお守りいたしてまいります。

(11)蛤石
仲買の「網弁商店」より奉納

(12)活魚塚
昭和59年5月に「東京築地魚市場活魚物組合」により健立

(13)鮟鱇(あんこう)塚
昭和48年7月に魚河岸の仲買「尾邦」三浦哲雄氏により健立

(14)海老塚
昭和48年9月に「東天会てんぷら料理協同組合」と「海老の大丸」により健立

(15)すし塚
昭和47年11月1日に「東京都鮨商環境衛生協同組合」により健立

(16)末社
天照大神・大国主命・少彦名命・天日鷲命の四柱をお祀りしています。

(17)玉子塚
平成5年11月に「東京鶏卵加工業組合」がその創立三十周年を記念して健立

(18)摂社 弁財天社
学芸の才能と豊かな財をなす福徳の神「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」を祀り、この御祭神を俗に弁財天と称することから弁才天社と呼ばれます。
江戸時代の御本社の御創建に時を同じくお祀りされた縁の有る事から摂社として大切にお祀りされています。
「お歯黒獅子」は高さ2.2m、両耳幅2.5m、総重量700s、総漆塗り一木造で、知田清雲氏と職人達の技により、紅色の肌地にお歯黒を施し金箔押しの巻き毛で腰高の姿に平成14年に再興され、この雌を表す頭の宝珠の中に御神像が納められております。


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