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■御鎮座350年式年大祭並びに記念事業趣意書
波除稲荷神社は 江戸初期の萬治二年(1659)の御鎮座以来 平成二十一年に三百五十年の式年を迎えます。
江戸市街地拡張整備の最後の埋立工事を波風から守り、現在の地にお祀りされて以来、江戸時代や明治初期の錦絵数点に描かれたお社は築地川に臨む風雅なものでありました。大正十二年(1923)の関東大震災で、運び出された御神体と修理に出されておりました社宝の金梨子地の獅子頭一対(中央区指定文化財)を残し全てを焼失しましたが、昭和二年には先ず現在の千貫神輿を完成させ祭礼を復活し、十数年を仮社殿で過ごした後の昭和十年に現在の社殿・社務所・獅子殿が戦前(太平洋戦争)の東日本で最後の神社建築として国産檜材を使い竣工致しました。
その後七十五年、戦火にも焼かれる事無く現在を迎えており、ビル化した都心にあって御神木・枝垂れ銀杏と相まった木造神社建築に、近年とみに保存を望まれる声が多く神社に寄せられております。しかしながら、戦後直ぐに駐留軍の失火により御本殿が焦げモルタルで補修されたまま現在に至る点や、下地を含め銅屋根の寿命限界を越えて社殿・社務所共に雨漏りが天井板に及んでいる点、構造物として現在の耐震基準から著しく劣っている点など、現在多くの問題点を抱えております。
多方面の皆様のご意見を頂戴し検討いたしてまいりましたが、建築時の海軍関係者の特段の御配慮、手がける最後の社寺建築との思いが造り上げた神明造、多く氏子崇敬者の思い、やはり此れを今手をいれてきちっと後世につなげてゆくべきとの決意をいたした次第です。
先ず三百五十年の節目の式年大祭式の執行、併せて御社殿等の修復工事、ならびに獅子頭復興の仕上げの龍虎、神宮式年遷宮への御奉賛と執り行ってまいる所存であります。
何卒多数の皆様の御奉賛をお願い申し上げます。 |